アマテラスオオミカミはいたのか

アマテラス大御神が天石屋に隠れると世界が真っ暗になった。スサノオの命がヤマタノオロチを退治して、平和な世界を実現させた。騙したワニに毛皮をはがされたシロウサギはオオクニヌシの神の治療によって元の身体に戻ることができた。狼王戦宝
そして時間は神武、綏靖(すいぜい)、安寧・・・・・と歴代天皇の時代へと確実につながっていくことになる。
これらの神話は古事記や日本書紀に載っている。かつてはこれらの神話の数々は歴史とされていた。昭和初めに生まれた私の母は、歴代天皇の名前を空で言え、歴史上の存在だと確信していた。

世界史的には前近代においては、歴史(history)は、物語(story)同じ語であって、事実かフィクションかの区別が重要視されないまま、ありとあらゆることについて語られていた。
ヒストリーはもともとは「知っておくべき」程度の意味であり、宇宙と民族の起源を教える神話であったり、英雄たちの事跡や正統性を物語る、ないしは捏造する文書のことであった。

そのようなものであった歴史が17世紀から18世紀にかけて変わり始める。事実を確定するため合理性や現実性を重視し、更に何らかの証拠による実証性を重視した。ところが、実際に起こったことを経験できるわけではないので、証拠として歴史に書かれている他の記述に照合するしかない。その結果として、歴史に記載されているということが事実を事実として確定して、学問的真理の保証とされるようになる。
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このようにして現代では何かが事実として確定されるのは、既に登記されている諸事実と不調和でない限りにおいて、というようになる。そしていつしか、自然の諸事物を含め、すべては歴史に書きこまれることによって、事実なり真理なりとして認められるようになってきたのである。

歴史に記載されたものが事実とされるということは、歴史的に述べられるものだけが、存在するものの資格を得るということであり、そのうえで、更に歴史は過去と未来に延長され、未来において、過去が無制限に書き直されていく。その結果誰もしらない過去や時代が、いくらでも未来において生じてくるようになるのである。

浦島太郎の話も日本書紀に載っているから、かつては乙姫も歴史上の人物と思われいたのかもしれないね(笑)

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